記事2026-08-23

退去費用の精算明細に「経過年数」と「負担割合」の欄はありますか — 国交省は明細の様式まで作っている

国土交通省の原状回復ガイドラインには、費用の負担区分(別表1)だけでなく、精算明細書の様式(別表4)まで載っています。手元の明細と見比べて、どの項目を、どういう言い方で確認できるのかを、本文の記載と条文だけで整理しました。

この記事は 退去費用チェッカー退去時の精算を、支払う前に確認)を作る過程で、 一次資料を読んだ記録です。事業者への送客はしていません。

退去の精算明細を受け取って、金額の妥当性が分からない、という状態は珍しくないと思う。単価の相場が分からないからだ。

ただ、相場が分からなくても確認できることが、明細の書き方の側にいくつかある。国土交通省のガイドラインは、費用の負担区分を決めているだけでなく、精算明細書の様式そのもの(どの欄を設けるべきか)まで示している。手元の明細とその様式を見比べると、何が書かれていないかが分かる。

対象の資料は国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)平成23年8月」。本文PDFを2026年8月23日に取得して確認した。以後の改訂は確認できず、現時点ではこれが最新版と思われる。

なお「6年住めば残存価値1円」という経過年数の話は、適用範囲が部位ごとに違っていて、それだけで1本になる。ここでは扱わない。


0. 前提:ガイドラインより先に、民法に条文がある

ガイドライン自体に法的拘束力はない(後述)。ただし、その土台にある「通常損耗・経年変化は借主の原状回復義務に含まれない」は、2020年4月1日施行の改正で民法の条文になっている

第六百二十一条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

(民法第621条/e-Gov法令検索。2026-08-23に法令APIで条文本文を取得)

括弧書きの「除く」が本体だ。普通に住んでいて生じた傷みと、時間の経過による古さは、そもそも借主が直す義務の対象外、と条文が書いている。ガイドラインは、この線をどこに引くかを事例で具体化したもの、という関係になる。

ただし条文には続きがあり、契約で別の定めを置くこと自体は禁じられていない。だから特約の話(§4)が最後に効いてくる。


1. 別表1は「どちらの負担か」の例示リスト

ガイドラインの別表1は「損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表(通常、一般的な例示)」という表で、貸主の負担となるもの/借主の負担となるものを、具体例で左右に並べている

貸主側に挙げられている例から、明細に出てきやすいものを本文から引くと:

【壁、天井(クロスなど)】

  1. テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)
  2. 壁に貼ったポスターや絵画の跡
  3. 壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度のもの)
  4. エアコン(賃借人所有)設置による壁のビス穴、跡
  5. クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)

【床(畳・フローリング・カーペットなど)】

  1. 畳の裏返し、表替え(特に破損してないが、次の入居者確保のために行うもの)
  2. フローリングのワックスがけ
  3. 家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
  4. 畳の変色、フローリングの色落ち(日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生したもの)

借主側に挙げられているのは、たとえばこう。

  1. 壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替えが必要な程度のもの)
  2. 落書き等の故意による毀損
  3. 賃借人が結露を放置したことで拡大したカビ、シミ(賃貸人に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合)

「穴」で一括りになっていないのが重要だと思う。画鋲・ピンの穴は貸主側、重量物をかけるためのくぎ穴・ネジ穴で下地ボードの張替えが要る程度のものは借主側、と穴の性質で分かれている。カビも同じで、「結露を放置し、通知もせず、手入れも怠った」という条件が付いている。

つまり別表1は「部位の名前」ではなく「原因と程度」で分けている。ところが精算明細のほうは「クロス張替」「クリーニング」のように部位と作業名しか書かれていないことが多い。この表と突き合わせるには、明細に原因が書かれている必要がある。書かれていなければ、聞けるのはまずそこになる。

なお別表1には、それ自体に注記が付いている。

ただし、例外としての特約の合意がある場合は、その内容によります。


2. 別表2は「どこまでの範囲を借主が持つか」

同じくガイドラインの別表2に「賃借人の負担単位」という欄がある。金額ではなく施工範囲の話で、ここが明細の数量欄に直接効く。

部位負担単位(別表2の記載)
壁(クロス)㎡単位が望ましいが、賃借人が毀損した箇所を含む一面分までは張替え費用を賃借人負担としてもやむをえないとする
フローリング原則㎡単位。毀損等が複数箇所の場合は居室全体
原則一枚単位。毀損部分が複数枚の場合はその枚数分
1枚単位
1本単位
設備機器補修部分、交換相当費用
補修部分。紛失の場合は、シリンダーの交換も含む
クリーニング部位ごと、または住戸全体(※通常の清掃や退去時の清掃を怠った場合のみ)

クロスについては、本文(第1章Ⅱ)に理由が書いてある。

当該部屋全体のクロスの色・模様を一致させるのは、賃貸物件としての商品価値の維持・増大という側面が大きいというべきで、その意味ではいわゆるグレードアップに相当する部分が含まれると考えられる。したがって、当該部屋全体のクロスの張替えを賃借人の義務とすると、原状回復以上の利益を賃貸人が得ることとなり、妥当ではない

そのうえで、部分張替えだと継ぎ目が判別できてしまう問題も認めていて、結論として「毀損箇所を含む一面分の張替費用を、毀損等を発生させた賃借人の負担とすることが妥当」としている。

「グレードアップ」はガイドラインの用語で、図1に定義が付いている。

✻グレードアップ:退去時に古くなった設備等を最新のものに取り替える等の建物の価値を増大させるような修繕等

明細が「居室全体」「一式」になっている項目があれば、それが一面分なのか部屋全体なのかは、この表を根拠に確認できる。逆に、毀損が複数箇所あるフローリングのように「居室全体」がガイドラインの想定どおりになる場合もある。表の側が場合分けをしているので、単に「全体はおかしい」とは言えない。


3. 別表4 — 国交省は「精算明細書の様式」まで作っている

ここがいちばん知られていないと思う。ガイドラインには別表4「原状回復の精算明細等に関する様式(例)」が収録されていて、精算明細書に置くべき欄が並んでいる。

本文の様式にある欄は、対象箇所/修繕等の内容(洗浄・補修・塗替・張替から該当するものに○)/単位・量/単価/金額/経過年数賃貸人の負担(割合%・金額)賃借人の負担(割合%・金額)

つまりガイドラインが想定している明細は、1項目ごとに「総額いくらのうち、何%を借主が持つか」が書いてある形をしている。「クロス張替 一式 ○○円」だけの明細は、この様式とかなり違う。

同じくガイドラインの図5(原状回復の費用算定の手順)は、退去後の流れをこう置いている。

③見積費用の確認(修繕計画の見積費用の算出/見積費用の連絡) ④見積費用の合意 ※見積や精算には「別表4」を活用してください。 精算(請求書の送付/確認)

「合意」が請求の前に置かれているのが、この図の建て付けになる。

明細が来ない・内訳が無いとき

Q&AのQ17がそのものずばりを扱っている。

Q17 物件を明け渡した後、賃貸人から原状回復費用の明細が送られてきませんが、明細を請求することはできますか。 A 賃貸人には、敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があり、賃借人は賃貸人に対して、明細を請求して説明を求めることができます。 賃貸人は賃借物の明け渡しまでに生じた未払賃料や損害賠償債務などを差し引いた敷金の残額については、明け渡し後に賃借人に返還しなくてはなりません。賃貸人が、敷金から原状回復費用を差し引く場合、その具体的根拠を明らかにする必要があり、賃借人は原状回復費用の内容・内訳の明細を請求し、説明を求めることができます。

「金額が高い」と言う前に「内訳と根拠を出してほしい」と言うほうが、資料の建て付けには沿っている。


4. 特約 — ガイドラインより契約が先に来る

ここを飛ばすと話が噛み合わなくなる。契約自由の原則があるので、一般的な原状回復義務を超えた負担を借主に負わせる特約を置くこと自体は可能、とガイドラインも認めている。そのうえで要件を3つ挙げている。

【賃借人に特別の負担を課す特約の要件】 ① 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること ② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること ③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

「次の要件を満たしていなければ効力を争われることに十分留意すべきである」という書き方になっていて、「満たさなければ無効」とは書いていない。この温度差はそのまま受け取ったほうがいい。

そのあとに最高裁判例が引かれている。

建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗及び経年変化についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗及び経年変化の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し(後略)

「特約がある/ない」ではなく「範囲が具体的に明記されているか」が問われている、という読み方になる。契約書の原状回復条項を見るときは、そこを見ることになる。

クリーニング特約について、ガイドラインは有効とされた例と有効とされなかった例の両方を挙げている。有効とされなかった例として引かれているのは、「ルームクリーニングに要する費用は賃借人が負担する」旨の特約について、一般的な原状回復義務を定めたにすぎず通常損耗まで負わせる特約とは言えないと判断したもの(東京地方裁判所判決 平成21年1月16日)で、ガイドラインは「クリーニング特約が有効とされない場合もあることに留意が必要です」と書いている。文言の書き方次第で結論が分かれている、というのがこの箇所の趣旨だと読める。


5. 立証の話(傾向であって、保証ではない)

第3章「原状回復にかかる判例の動向」に、裁判例の傾向の記述がある。

判決は、立証事実をもとに損耗が通常の使用による損耗か否かを判断しているが、「入居者が入れ替わらなければ取り替える必要がない程度の状態である」、「10年近く賃借していたことを考慮すると、時間の経過にともなって生じた自然の損耗といえる」(中略)などとして、賃借人が破損等をしたと自ら認めたもの以外は、通常の使用によるものとするのが大半である

これは裁判例の傾向についてのガイドラインの記述であって、個別の事案の結論を保証するものではない。同じ章には、通常の使用を超えるとされた例(壁ボードの穴、換気扇の焼け焦げ、洗浄では除去できないタバコのヤニなど)も列挙されている。

金額規模の目安としては、第3章の冒頭にこうある。

原状回復や敷金返還をめぐるトラブルにおいて争いとなる金額は、数万円から数十万円であることが多いため、裁判の場合には、裁判所法第33条により訴訟の目的の価額が140万円以下は簡易裁判所が管轄する。

なお少額訴訟は条文上こうなっている。

第三百六十八条 簡易裁判所においては、訴訟の目的の価額が六十万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて、少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。(後略) 第三百七十条 少額訴訟においては、特別の事情がある場合を除き、最初にすべき口頭弁論の期日において、審理を完了しなければならない

(民事訴訟法/e-Gov法令検索。2026-08-23に法令APIで条文本文を取得)

金額要件と一期日審理の原則までは条文で確認できる。手数料・必要書類・見込みは事案によるので、ここでは触れない。


6. いちばん大事な留保:ガイドラインに法的拘束力はない

これを書かずに終えると誤解を招くので最後に置く。冒頭の「本ガイドラインの位置づけ」にこうある。

本ガイドラインは、近時の裁判例や取引等の実務を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方等について、トラブルの未然防止の観点からあくまで現時点において妥当と考えられる一般的な基準をガイドラインとしてとりまとめたものである。 したがって、本ガイドラインについては、賃貸住宅標準契約書(中略)と同様、その使用を強制するものではなく、原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきものであると考えられる。

だから「ガイドラインではこうなっている」だけで話は終わらない。実際には契約書の原状回復条件・特約が先に来る。ガイドラインは、その内容を話し合うための共通の物差しとして使うのが、資料の建て付けに沿った使い方だと思う。


明細を受け取ったら見る4点

  1. 原因が書かれているか。 別表1は「部位」ではなく「原因と程度」で仕分けている。原因欄が無いと突き合わせようがない。
  2. 数量の単位は何か。 別表2の負担単位(クロスは毀損箇所を含む一面分まで、畳は原則一枚単位、襖は1枚、柱は1本)と、明細の「一式」「居室全体」を見比べる。
  3. 負担割合の欄があるか。 別表4の様式は、1項目ごとに貸主・借主の負担割合(%)と金額を書く形になっている。
  4. 契約書の原状回復条項に、負担する範囲が具体的に書かれているか。 特約が先に来る。最高裁が問題にしているのは「特約の有無」ではなく「範囲が条項自体に具体的に明記されているか」。

なお、工事の単価そのものについては、出典として示せる公的な相場統計を見つけられなかった(クロス張替えの㎡単価、鍵交換費用など)。だから本記事は単価の高い・安いを一切書いていない。書けるのは「単価と数量が明細に書かれているか」までになる。


出典(すべて 2026-08-23 に本文を取得して確認)

※ 退去費用の精算明細を、この別表1・別表2の区分に沿って項目ごとに仕分けるものを個人で作っています → 退去費用チェッカー

無料で結果の一部まで見られます。買うかどうかは、そのあとで決められます。

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