記事2026-08-23
退去費用の「6年住めば1円」はよくある誤解だった — 国交省ガイドラインを最初から読み直す
退去費用の「6年住めば1円」は、国土交通省の原状回復ガイドライン別表2で、クロス・畳床・カーペット・クッションフロアの4つに限って書かれたものでした。当てはまる範囲と、「1円だから負担ゼロ」ではない理由を、本文の記載だけで整理しました。
この記事は 退去費用チェッカー(退去時の精算を、支払う前に確認)を作る過程で、 一次資料を読んだ記録です。事業者への送客はしていません。
退去費用の話で必ず出てくるのが「6年住めば残存価値は1円になるから、払わなくていい」という説明だ。自分もそう覚えていた。
見積書・精算明細を突き合わせる仕組みを作るために、根拠であるガイドラインの本文(PDFで170ページほどある)を通しで読んだ。結果、「6年で1円」は本当だが、当てはまる範囲が思っていたよりずっと狭かった。そして「1円だから負担ゼロ」というのは、ガイドライン自身が明確に否定していた。
対象の資料は国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)平成23年8月」。以後の改訂は確認できず、これが現時点の最新版だと思われる。
1.「6年で1円」が当てはまるのは4つだけ
別表2「賃借人の負担単位」の「経過年数等の考慮」欄に、部位ごとの扱いが書き分けられている。6年で残存価値1円と書かれているのは、次の組み合わせだった。
| 部位 | 経過年数の考慮 |
|---|---|
| 壁(クロス) | 6年で残存価値1円 |
| 畳床 | 6年で残存価値1円 |
| カーペット | 6年で残存価値1円 |
| クッションフロア | 6年で残存価値1円 |
原文はこう。
(畳床・カーペット・クッションフロア)6年で残存価値1円となるような負担割合を算定する。 (壁〔クロス〕)6年で残存価値1円となるような負担割合を算定する。
この4つ以外は、別の書き方がされている。
2. 畳「表」は6年ではない
同じ別表2の畳の行に、こうある。
(畳表)経過年数は考慮しない。
畳床は6年、畳表は考慮しない。同じ畳でも扱いが逆になっている。襖紙・障子紙も同じ扱いで、本文Ⅱに理由が書かれている。
また、襖紙や障子紙、畳表といったものは、消耗品としての性格が強く、毀損の軽重にかかわらず価値の減少が大きいため、減価償却資産の考え方を取り入れることにはなじまないことから、経過年数を考慮せず、張替え等の費用について毀損等を発生させた賃借人の負担とするのが妥当であると考えられる。
つまり「6年住んだから畳表も1円」という主張は、このガイドラインを根拠にすると通らない。入居年数が何年でも、借主が毀損させた分の張替え費用は借主負担、というのがガイドラインの整理になっている。
(もちろん、そもそも毀損させておらず通常の使用による日焼けなどであれば、それは経年変化・通常損耗として貸主負担側の話になる。「経過年数を考慮しない」は「必ず借主が払う」という意味ではなく、借主負担になった場合に年数で割り引かないという意味。)
3. 設備機器は「6年」ではなく「その設備の耐用年数」
エアコン、給湯器、コンロといった設備機器。ここも6年ではない。
(設備機器)耐用年数経過時点で残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定する。
耐用年数そのものは、ガイドラインに一律の数字が書かれていない。 本文Ⅱでは、根拠として「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)が挙げられていて、資料編にもこの省令が収録されている。設備ごとに年数が違う前提で組まれている。
象徴的なのは、本文に載っている負担割合のグラフ(図3)の題が
設備等の経過年数と賃借人負担割合(耐用年数6年及び8年・定額法の場合)
となっていること。ガイドライン自身が2本の線を並べて描いている。「設備=一律6年」という前提は、この資料からは出てこない。
4. フローリングは、補修と全体張替えで扱いが違う
(フローリング)補修は経過年数を考慮しない。 (フローリング全体にわたる毀損等があり、張り替える場合は、当該建物の耐用年数で残存価値1円となるような負担割合を算定する。)
部分補修は年数で割り引かない。全体張替えのときだけ、しかも6年ではなく「建物の」耐用年数を使う。本文Ⅱには理由も書かれていて、部分補修をしてもフローリング全体の価値が上がるわけではないので、貸主に費用負担を強いるのは不合理だから、という整理になっている。
5. ここが本題 — 残存価値が1円でも、負担はゼロにならない場合がある
「6年で1円」の直後、同じ段落に続けてこう書いてある。
なお、経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても、賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく、そのため、経過年数を超えた設備等であっても、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得ることを賃借人は留意する必要がある。具体的には、経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。
減価するのはモノの価値であって、それを直す作業の手間ではない。クロスが年数的に1円まで償却されていても、落書きを消す工事費や人件費は残り得る、と例まで挙げて書いてある。
「6年経ったからゼロ円のはず」という前提で臨むと、この部分で話が噛み合わなくなる。ガイドラインを根拠に立てるなら、この段落も同じ資料に載っている以上、避けて通れない。
6. 年数で割り引かない項目は他にもある
別表2から、経過年数を考慮しないと明記されているものを拾うと:
- 畳表 / 襖紙・障子紙
- 襖・障子等の建具部分、柱
- フローリングの部分補修
- 鍵:「鍵の紛失の場合は、経過年数は考慮しない。交換費用相当分を借主負担とする。」
- クリーニング:「経過年数は考慮しない。借主負担となるのは、通常の清掃を実施していない場合で、部位もしくは、住戸全体の清掃費用相当分を借主負担とする。」
クリーニングの条件は読み違えやすい。借主が通常の清掃をしていた場合、専門業者による全体のハウスクリーニングは貸主負担側として別表1に挙げられている。裏返すと、清掃を怠っていた場合は借主負担になり得る。
7. そもそも「経過年数」は「入居年数」で代替される
もうひとつ、実務上効いてくるところ。
新築で入居したのでなければ、その設備が何年前に入れられたものかを借主は確認できない。貸主・管理業者も履歴を完全に把握しているケースは少ない。そこでガイドラインは、経過年数のグラフを「入居年数」で代替する方式を採っている。入居時点の状態が価値100%とは限らないので、その分グラフを下方にシフトさせて使う、という考え方だ。
入居時点の状態でグラフの出発点をどこにするかは、契約当事者が確認のうえ、予め協議して決定することが適当である。
出発点は協議して決めるもの、と書かれている。ここを入居時に決めていない物件が多いのではないかと思う(これは筆者の推測で、統計を持っているわけではない)。
8. いちばん大事な留保:ガイドラインに法的拘束力はない
これを書かずに終えると誤解を招くので、最後に置く。ガイドライン本文の冒頭「本ガイドラインの位置づけ」にこうある。
本ガイドラインは、近時の裁判例や取引等の実務を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方等について、トラブルの未然防止の観点からあくまで現時点において妥当と考えられる一般的な基準をガイドラインとしてとりまとめたものである。 したがって、本ガイドラインについては、(中略)その使用を強制するものではなく、原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきものであると考えられる。
第1章にも「法的な拘束力を持つものでもない」と明記されている。
だから「ガイドラインではこうなっている」だけで話は終わらない。実際には契約書の原状回復条件・特約が先に来る。ガイドラインは、その特約が妥当かどうかを話し合うための共通の物差しとして使うのが、資料の建て付けに沿った使い方だと思う。
明細を受け取ったら見る3点
- どの部位かを項目ごとに分ける。「6年で1円」が効くのはクロス・畳床・カーペット・クッションフロアだけ。畳表・建具・柱・鍵・クリーニングは別の物差しになる。
- 設備機器は年数を聞く。一律6年ではないので、「この設備の耐用年数を何年として計算しているか」が計算の前提になる。
- 契約書の特約を先に読む。ガイドラインより契約が先に来る。特約が書かれている場合、その内容・範囲がどう定められているかが出発点になる。
出典(2026-08-23に本文PDFを取得して確認)
- 国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」平成23年8月https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf
- 冒頭「本ガイドラインの位置づけ」/第1章Ⅰ/本文Ⅱ(経過年数の考慮・入居年数による代替・図3・図4)/別表1/別表2
- 引用は上記PDFの本文からそのまま引いた。太字は筆者による強調。
- 「6年で1円」の考え方の背景にある減価償却の枠組みは、法人税法・同施行令および「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)。同省令はガイドラインの資料編に収録されている。
- 本記事は法律相談ではない。 実際の負担は契約内容と物件の使用状況によって個別に判断される。困っている場合は消費者ホットライン188(局番なし・相談無料、通話料は自己負担)。
※ 退去費用の明細を、この別表2の区分に沿って項目ごとに仕分けるものを個人で作っています → 退去費用チェッカー
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